さて、お正月には新しい年神がやって来ると考えられ、神棚の神宮大麻を新しくしたり、しめ縄をする家庭が多いと思います、そして初詣には神社に行きます。その初詣は、もともと年神は各家で迎えるものでしたが、明治以降、神社に参拝する初詣の習慣が生まれました。
神社はいつ頃できたのか、なぜ、「むら」には森に囲まれた神社があるのか。日本人は古代から、「八百万の神」というように、あらゆる物の内に神がいると感じていました。それは、山や岩・巨木など自然物を神とみなした自然崇拝の宗教で、古代の神社(社=屋代(やしろ)) は神が降臨する祭事の時にのみ、神の宿泊先として設営され、祭事が終われば撤去されるのが通例でした。しかし、神は身近にいて欲しいという民衆の思いを受け、常設されるようになり、神社は宿泊施設から神の正式な住居としてとらえられるようになり、神社に神を祀るようになりました。神社では祀られている神も異なったり、一つの神社に複数の神々が祀られていたり、各地の神社で同じ神が祀られたりもしました。奈良県の三輪山それ自体をご神体とする大神神社(おおみわじんじゃ)が最古の神社といわれています。
しかし、神社はヤマト王権のころ「この神が常時本殿に鎮座するものとし、固定化された祭神を信仰する」という考え方となり、神々への信仰は、権力や政治と密接な関係を持つようになりました。また、古墳時代の末期には、ヤマト王権の権力者は「天皇」と呼ばれるようになりました。
仏教が伝来し、その保護政策を進める一方、神の末裔であるとして権威づけてきた天皇は日本古来の神々への信仰も捨てるわけにはいかず、『日本書紀』に「天皇、仏法を信じ、神道を尊びたまう」と記されているように、飛鳥時代には、神と仏、双方を同等に敬うようになりました。「神道」という言葉が用いられたのはこの時が最初でした。仏教の壮麗な寺院建築に対抗して社殿を設けた神社が建立されるようになりました。ここに、アマテラスを祭る伊勢神宮を頂点とする形の神社制度が成立する事となりました。